トルピー日誌 

日常は幸せに囲まれている!?

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思い出とは我が人生

なんだか演歌のタイトルみたいになった。 ワシは典型的な保守的人間である。 時代の風景も歌も何もかも70年代に集約され心を取り残されてきたようだ。 いつもあの日に帰ってみたいと思っている。 でも帰れないからこそ、いい思い出なのだろう。 当時の歌を聞くとあの日に帰れたような思いになる。 だからたまに思い出に浸りすぎて埋もれそうになる。 現実逃避だ。

 ワシの宝物は思い出である。 小学生の頃は、良い思い出も悪い思い出も山ほどあった。 辛いことがあった時は「時がたてば思い出になるさ」と自分に言い聞かせてきた変な子供だった。 それは正解で今になれば笑い話だ。 しかし、やっぱりいつまで経っても思い出話にならない事がある。 離婚だ。

 ワシは32の時(33だったか?忘れた) 離婚をした。 子供2人を引き連れ独り身になったのだ。 原因は良くある事で、人によっては普通に夫婦生活を続けていく人も沢山要るだろう。 離婚は辛かった。何より子供を母親から離してしまう事が一番辛かった。 長男は母親に会いたいと泣いた。 それを見てワシも泣いた。泣き疲れて一緒に寝てしまった。 

 妻と出会い、暮らし、結婚して子供が出来て・・と全ての思い出が全て消えていくのだ。 まったく無駄としか言いようが無い。 妻の妹や義母とも仲が良かったから遊びに行くこともなくなって今はどうしているかも判らない。 今時代は本当に離婚が多い。 たぶん、自分も含めて辛抱が足りないんだろう。 これではいかん・・まったく。 


 我が子だけは離婚して欲しくない。 離婚するならそもそも結婚もして欲しくないというのが本音だ。 ワシは、家がつまらなくても喧嘩しても離婚をしないという事が幸せであると思う。 どん底に落ちても添い遂げ死ぬ間際には「ああ、結婚してよかったなあ」と思いたい。 性格の不一致だとか、愛情が冷めたとかくだらない事だ。 好きだという情熱なんか覚めて当たり前なのだ。 性格がピッタリ合うわけも無いのだ。 苦労して喧嘩して死ぬ間際に「それでも楽しかった」と言えれば最高だ。 でもそんな事を考えながらくだらない夫婦喧嘩に明け暮れる毎日は結構疲れる。 

 しかし、それでいいのだ。 なぜなら夫婦喧嘩は 「結婚していなければ出来ない」からだ!
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西城秀樹 IN札幌ドーム

昨日、開催された「スーパーエキサイティング秀樹2010 札幌ドームコンサート」に行ってきた。 

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 秀樹はオープニングから「ジャガー」を熱唱し、途中の台詞「さあ飛んで来い!抱いてやる抱いてやるう~!」という叫びを3万の観客と共に大絶叫! 一気にドームはヒートアップした。 「君が死んだら俺は死ぬ。でも俺が死んでも君は死ぬな!」と言う台詞を間違え「俺が死んだら君も死ぬ。でも君が死んでも俺は死なない」と最悪な台詞を吐くオヤジ方が多数現れ和やかな雰囲気になる一幕も(和やかかい?) 秀樹は「秀樹~カンゲキ~!」と絶叫し、観客も感激。 「いや~北海道はジャガイモ美味いよね~ 俺たちイモダチ!」とMCしまたもや観客は盛り上がる。
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 デビューからの曲が次々披露され、「愛の十字架」では自らが十字架に張り付けになったパフォーマンスで登場。 観客からは「秀樹~死なないで~」と言う涙交じりの叫び声もかかるほどだった。 「傷だらけのローラ」では人工芝を整備するローラー車に乗って登場! 観客の笑いを誘った。 「若き獅子たち」では獅子がライオンズを想像させるとして急遽「若きハムたち」に変えられ歌い上げた。 マイクをソーセージに換えての熱唱だった。 

「ブーツをぬいで朝食を」では3万の観客が一斉にライターを点火させドーム内は幻想的な雰囲気となった。しかしスプリンクラーが作動してしまい、観客も秀樹もずぶ濡れになってしまうハプニングに。しかし、それが一層、会場を盛り上げる事にもなった。 「勇気があれば」ではサプライズゲストの一人岩崎宏美が一緒に並んで歌い、ドーム中がペンライトに揺れる風景に感極まって涙を流していた。 「サンタマリアの祈り」ではユースケ・サンタマリアが「ジプシー」ではプロレスラー「ジプシー・ジョー」が登場したが観客からは「あの人選は無いのではないか?」という批判が相次ぎ物議を醸した。
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締めは「ヤングマン」。海外からヴィレッジ・ピープルも参加し、会場全体が熱唱の大フィナーレとなった。 妙に多田野投手のはしゃぎぶりが印象的だった。
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 秀樹が帰るも大アンコールの嵐で再び秀樹が登場。 一緒に五郎、ひろみ、昌子、淳子、百恵も登場する信じられないサプライズに会場に居たヒルマン元監督も「シンジラレナイ~」を連発していた。 新御三家、花の中三トリオの面々は秀樹の楽曲「俺たちの時代」を歌い上げまだまだ青春であるという気持ちを噴出させた。 実に素晴らしいコンサートであった。 こんな素晴らしいコンサートが東京ではなく北海道で行われた事に感謝の意を表したい。 





 などと、思いながら・・・ ファイターズの試合にゲスト出演し「ヤングマン」を歌って帰っていった秀樹を遠い目で眺めるのであった・・・・・・・・

 
 

駄菓子屋物語

ワシが子供の頃は近所に駄菓子屋が沢山あった。 駄菓子屋が元気だった。 そんなワシの行きつけの駄菓子屋「オニガワラ」(仮名である。 もちろん) ある日、とことこ「オニガワラ」に行くと「ヒモ釣りクジ」があった。 沢山の白いヒモにおもちゃが繋がっており、一回いくらかでヒモを引けるのだ(値段は忘れた) そのクジの目玉商品がものすごくデカイ競馬ゲームだった。 全長1mはあろうか、巨大なレールがあり、そのレール部がガタンゴトンと前後に動き、そこに乗せる馬の人形が前に進む。 それで順位を競うのだ。 底にあるツマミで各レールのスピードを調整できるという優れ物だ。 ワシは興奮した。 これが当たれば相当儲けものだ。 しかし、見事に外れた。

 しばらく経ったある日、そのクジを見に行くとかなり景品が少なくなり、ヒモの本数が減っていた。 しかし、競馬ゲームは残っていた。 ワシは「これはチャンスだ!」と胸が高鳴った。 しかし、お小遣いには限界がある。 外れればおしまいだ。 ワシの小さな心に悪魔が宿った。 店のおばちゃんが見てない隙を突き、競馬ゲームから延びているヒモを探れば良いのだ。 クソガキは勉強意外では頭を使う。 ワシは、おばちゃんの目を盗みながら少しづつヒモをたぐって行った。(まあクソガキだこと) 

 順調にヒモをたぐりワシの心には「競馬ゲームを獲得できる!」という確信が湧き上がった。 しかし、そこでワシは驚愕の事実を知るのであった。 なんと、くじ引きで選べるヒモと「競馬ゲーム」はつながっていなかったのだ!!「どががが~~~ん」 ワシは呆然とししばらくその場に立ち尽くした。 なんという事だ。 これでは詐欺ではないか。 いいのか、大人が子供を騙してお金を稼いでも。 大人なんか嫌いだ! 大人は汚い! (さっきまで不正をして競馬ゲームを手に入れようとしていた奴は子供である) 

 ヒモが繫がっていない以上、競馬ゲームを手に入れる方法が無くなったので諦めて家路に着いた。 その日ワシは汚い大人の世界を見てしまった。 (汚い方法でゲームを手に入れようとした報いである)
それから20年以上経ったある日、ワシはその駄菓子屋のおばちゃんの娘さんと話をしていて、ふと思い出しその事を聴いてみたのだ。 するとその話には後日談あがあったのだ。 それまたオモロイ話で、 ワシがクジを見破った通り競馬ゲームにはヒモが繫がっておらず当たらないようにしてたと言う。 (大人の世界) しかし、クジも残り少なくなった頃、ある家族がクジをやりに来た。 一回、2回。 だんだんヒモが無くなってくる。 遂には「面倒だから残り全部クジを引く」という事態になったと言うのだ。 それを聞いておばちゃんは焦ったという。そりゃそうだ。 競馬ゲームの不正がばれるからだ。 そしてあわててお客にヒモを引かせず残りの景品を全て差し出したそうだ。 なんとかばれずに済んだらしい。 


 結果、その不正を知るものは子供のワシだけだった。 自分が不正をして不正に気付いたのだった。 大人なんか嫌いだ! バカヤロー! (お前もな) 

かりんとうはいらんかね~ 

ある日、突然電話がかかってきた。 (電話は突然かかるもんでござんす) もしもし~と出ると 6~70代くらいのお婆ちゃんの声で「わたくしね~、かりんとうとかお煎餅を作っているんですけど、かりんとうとか食べますか~」 と妙に和やかな口調で言うのであった。 ワシは「いや~ あんまり食べないね~」と正直に言うと 「そうですか~ それでは失礼します~」 と電話が切れた。 ワシは逆に「もっと、売り込まんかい!」と思ったのであった。 

 変に潔いとかえって困惑するもんでござんす。

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