トルピー日誌 

日常は幸せに囲まれている!?

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今日の日記  4月30日

1976年 4月30日の日記より  

 小学3年生のクソガキの日記


 金曜 晴れ


  (おみやげ一杯もってきた)


  夕方お父さんとお母さんがお風呂に行きました。 ぼくはふうしんなので行きませんでした。 帰りに「たいやきくん」のアイスクリームを買ってきてと言いました。 帰ってきたら、たいやきくんのアイスクリームが無かったからと言って違うのを持ってきました。 それは普通のアイスクリームとジュースとコーヒー牛乳でした。一杯あったのでうれしかった。



  ひとりで留守番をしたのか。えらいんだな。 それでお土産を買って貰えたのだな。(先生の言葉)

 当時、我が家には風呂が無かった。 だから三日に一度は銭湯通いだった。 家に風呂がある人はお金持ちだと思っていた。 風呂が無いから当然「シャワシャワ」や「バスクリン」は買った事が無い。 しかし、当時、入浴剤には実に楽しそうなオマケが付いていた。 オマケが欲しいが風呂は無い。 実に歯がゆい思いだったのだ。 

 たいやきくんのアイスは当時人気絶頂の「およげ!たいやきくん」の便乗商品である。 
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今日の日記 

昭和51年 4月 29日 木曜 晴れ


 (ゴミ箱にボールがはいった)


 ひる、ぼくがボールを投げたら壁にぶつかって跳ね返って凄いスピードでゴミ箱に入りました。そして入ったとたん凄い音がしました。それから、ふうしんの方はたいぶ良くなりました。

 

どうしてすごい音が出たのだろう。なにか仕掛けがあったのかな。(先生)

 

  ん~ まだ風疹だったのか^^ 当時は家の中でもボールを投げて遊んでました。 野球が大好きでした。 多分、金属製の缶の様なゴミ箱だったので音がしたんでしょう。 当時、なぜか金髪外人のヌードがプリントされたゴミ箱で^^ おおらかな家でした。 飲み屋かなんかに置いていた奴です。 友達も遊びに来てはそのゴミ箱を見てムフフとニヤけてました。 

今日の日記

トルピーが小学3~4年に書いていた日記。 くだらない文面と当時の世相を感じて下さい。


 昭和51年  4月 28日 水曜 晴れ

 (外に出れない)

 
  ぼくがふうしんになったので外に出れなくて面白くなかった。 でもテレビがいっぱい見れたので楽しかった。 「小学校理科3年 土や水の温度」を見ました。 学校の人も見ていると思いました。



 理科のテレビが見られてよかったな。 (先生の言葉)



  なんてことない日記。 当時風邪などで学校を休むと楽しみだったのがNHKの子供向け番組。 小学理科の実験や「はたらくおじさん」「できるかな」 「おとぎのへや」など普段見られない番組が目白押し。 ビデオデッキなんか無い時代、誰に向けての放送だったんでしょう? でもほんと布団で寝ている子供の最高の番組でした。 

もういない友人 日記 

もう4年も前 同級生だった友人が亡くなった。 友人と言っても小学校3~4年の2年間だけ同じクラスでそれ以降は一度も同じクラスにもなってないし、ほとんど遊んでも居なかった。 そんな友人が急に倒れ亡くなったと聞いたのは厄年のお祓いで同級生が集まった時だった。 2年間は良く遊んだ仲だった。 ワシにとってもその2年間の学校生活は一番、思い出に残っているので残念だった。 

 その頃に書いていた日記を読み返すとその友人の名前が良く出てくる。 「ああ、こんなに遊んでいたんだなあ・・」と懐かしくなった。 その2年間の日記を読み返し友人が出てくる日記をノートに書き写したら一冊の日記になった。 そのノートを友人のご両親に渡そうと友人の実家を訪ねてみた。 仏壇に線香を上げ昔話をした。 そのお母さんともお話をするのはもう34年ぶり。 でもワシの事も覚えていてくれて安心した。 「日記ありがとう。後で読むから。」と言われてホッとした。 


 その日は友人と、野球やハンドベースを飽きもせず毎日のようにしていた事を思い出し懐かしんだ。

1976年の日記 小学校の思い出

今から36年前(合ってるかな?)の今日、4月27日はワシが小学校3~4年の時に書いていた日記の書き初め記念日だ。 なんの取り柄もない問題児が2年間なんとか続けた日記には数々の思い出がある。 そんな日記を今日から振り返ってみる事にした。 当時の担任のしのはら先生はワシの大恩師で感謝してもしきれない。 しかし残念ながらもう20年も前に亡くなっている。 今ならたくさんの感謝を伝えられたのに非常に残念・・・・

それでは第一回の日記です。 ブログで日記とは変な感じだ。 当時のワシの問題児っぷりや時代背景が感じられればいいです。(あまりに ひらがな ばかりで読みにくいので漢字を当ててます。 当時はひらがなばっかりです^^)

 


 1976年 4月27日  火曜  くもり 

 (ふうしん)
 
  きょう、よる寝巻を着るとき 体に小さいぼつぼつが付いていてとても痒かったので病院に行ってみると

  病院の先生が「ふうしんだ」と言いました。 




    ふうしんってきゅうにぼつぼつが出てくるのだな。ぼつぼつが出てくる時どんな気分になった?


 

  あとがき  第一回の日記  たったこれだけです^^ ちなみに赤文字の所は毎回、先生が書いてくれる感想です。 先生も大変だったなあ・・・・

 

新たな車が来た

先週、待望の軽自動車が来た。 黄色のラパンだ。 黄色のラパンは数も少なく探しても距離数が10万キロ超ってのも珍しく無く中々見つからなかった。 最初は札幌のショップで探したが総額60万超えで走行距離10万キロ・・ 悩んだが辞めた・・・ 

 
 最終的に北海道では無理なので全国で探した。 見つかったのは大阪だった。 最初は輸送費が馬鹿高くでとても買えないと断ったが相手は3月の決算期がある為何度も電話がかかって来て「これくらい下げますがどうですか?」と言ってくるのだが「輸送費が高いので考えます」と切るとまた電話が来て「こちらに取りにきませんか?旅行ついでに」なんて言うので逆に「北海道旅行なんてどうですか?」と言ったら「ははは」と笑っていたが次に来た電話で「そちらに行きます」と言うので流石にワシも「それじゃあ決めます」となった。


 なにしろ自動車の通販だ。 切れたらこ4kgセットを注文するのとは違う(そりゃ違う) 凄く不安もあったが相手は自動車メーカーのディーラーだしそんなに酷いもんは無いだろうと思うしか無く、黄色ラパンも滅多に無い無いので決めたのだ。 話では「4月13日」に行きますとの事だったが不安だった。 なんせ今年の冬は長く中々雪が無くならなかった。 大阪のラパンは当然、夏タイヤしかない。 小樽港に着くという事だったがその日に雪が降ったらどうなるのか心配だった。 


 当日は晴れて気温も暖かく最高の一日になった。 現物も観ないで車を買うのは怖かったが程度も良く綺麗だったので安心した。 実は前夜、到着したラパンのボディが錆さびでボロボロだったという夢を見たのだった^^ 正夢にならなくて良かった。 


はるばる北海道まで自動車を運んでくれた車屋さんはとんぼ返りで大阪に向かう為、ワシが千歳空港まで送って行った。 途中、お土産にとお店で大阪に無い物を探し渡した。 それは「カツゲン」と「リボンナポリン」と「ホンコンヤキソバ」と「焼きそば弁当」だった。 (焼きそばばっかりでゴメンね^^) 


 ほんの短い出逢いだったけど良い思い出が出来た。 向こうのお子さんにはお土産はどうだったろうか? ラパンは調子良く走っています。 やっぱり気に入った車を買って良かったなあとしみじみ思うのだった・・・・





 PS 今まで乗っていたセレナは下取りに旅立ちました。 去って行く時、数々の思い出が頭をよぎり涙がじわっとこみ上げました。 長い間、ありがとう ご苦労さん・・

数が少ないからこその価値  仮面ライダー 靴ケース

先日、なんとなくリサイクルショップに寄って何を探すと言う事も無くブラブラしていた。 リサイクルショップには「こりゃ安い!」という物と「こりゃ新品買った方がいいだろう」ってもんがあって楽しいが、なかなか手に入らない希少品を見つけるとワクワクするのだ。 そのお店に「おお!」と思う物があった。 


それは「仮面ライダーの靴入れ」だ。 もちろん初代のライダーで安っぽいエナメル生地の70年代には良く見た靴のケースだ。 ワシは別にライダーの熱狂的ファンでも無いが70年代が好きな者としては食指が動きそうになった。 しかもそこには「キカイダーの靴入れ」もあった。 ワシはキカイダーの方が好きだったので「こりゃいい~」と感激したのだ。 使用感も無く、当時のままのデットストックだろう。値段は1000円。 安いぞ。 この手の物はレトロ玩具専門店にでもいきゃあ5000円とか言われそうなイメージなのですんごく安いなあと思った。 しかし、売り場の光景を見て愕然とした!! 

 
 山ほどあるのだ!! 本当に山ほど・・・・・  ダンボールに入って百個くらいあるんじゃないかと言うくらいに。 なぜにこの70年代のグッズが未使用のままこれだけ大量にあるのか・・・・ これだけ大量にあると有難味も無くすというもんで買う気も失せ帰ってきた。 2~3個しか無かったら1000円で買ってオークションに流し儲けてやろうという小汚い考えもあったのだが(ほんとに小汚い) そんな気も失せた。


 帰って来てからこういうのがオークションにあるのか調べて見た。 あった。 1000円だった。 なぜならそのリサイクルショップがオークションに出品していたからだった。 ズコ~~!とずっこけて薄ら笑いが出た^^

細々とブログを書いている・・・・・・・・・  バリスタ様様。

最初はトルピーというキャラでくだらない漫画を描いていたが最近はなかなかそんな余裕もない。 適当に絵を描いてもそれを保存して変換して貼り付ける作業は結構時間が掛かってしまうのだった。 だから最近は文章しか書いて無いが自分でも「面白くないなあ」と実感し嫌になる。 そんな事だから訪問者はごく少数なのだがある時からそれが何倍かに増えた。 (かと言っても3ケタには届かない)

 ワシはなんでかな~と不思議だったが良く考えると「バリスタ」の記事を書いたからだったのだ。 実際、一番コメントを頂いたのがバリスタ記事だったし、やはりくだらないマニアックネタよりも王道ネタは受けるんだなあと実感したのだ。 

 と、言う事でこれからはタイトルに必ず「バリスタ」と入れれば良いという事に気が付いた僕ちゃん!(やめろよ)  たとえば車が納車されたという記事なら 「中古車が来た! バリスタ」と書くのだ(関係ないだろ)


 他にも 「オニヤンマを捕まえた  バリスタ」 とか「痴漢に間違われた  バリスタ」とか「前方後円墳に入ってみた  バリスタ」とかなんでも出来るのだ。 これで訪問者倍増! やった~と言うのも虚しいのでやめる・・・・

原発反対 電気節約

唯一の被爆国、日本にありながら、未だ原発にすがる役人体質に辟易している今日この頃みなさん、SEXしてますか!(アホだろ)

 SEXで思い出したが昔、サザンのコンサートに元妻と(当時は本妻だけどね)行った時、桑田圭祐が「みんな~ SEXやりたいか~!」と叫んだら元妻は「お~!」みたいに乗ってたが、普段SEXしたがらないお前が言うな!と心で叫んでいたのが蘇り腹が立ったのでしばし休憩・・・・・・・



 休憩明け・・・・


 なんだかやたらと原発ストレスチェックやら再稼働やら言っているがなぜにそんなに急ぐんだべかね~。 電気の確保と言うより原発を再稼働する事に意味があるのは見え見えな感じじゃ。 今、殆どの原発が止まっている現状を見たら「原発なんか無くてもやって行けるじゃん」などと浜言葉でも言いたくなるが原発に群がる人々の執着は恐ろしいね~てなもんや三度笠。

 我が家は現在、電気を可能な限り節約中。 まさに時代の先端を走る家族と言ってもいいだろう。 そんな我が家に国はエコ減税でもするべきではないだろうか? 我が家は原発の核分裂にちなんで「家族分裂」した。(ちなむなよ) それ以来、溜まった電気代、灯油代、その他税金が山ほど押し寄せ瀕死状態に陥った。 残された道はズバリ節約だ! 


 それ以来、物凄く寒く雪が多かった今年の冬、それも寒さがピークになる2月からセントラルヒーティングを全て停めた。 (原発停止みたいなもんだ) 当然寒い。 部屋の温度は10℃を下回り吐く息も白く、家族みんなでゴジラ遊びが出来た(楽しくないけど) あまりの寒さに飼っていたインコのチャッピーが死んだ。 我々はチャッピーの死を無駄にするなといっそうの節約を心に誓った。

 部屋の中では布団をかぶり、あまりに寒いので寝巻も着れず普段着に靴下を履いて寝た。 部屋の照明もちょっとコジャレた6個のチューリップが付いた物から裸電球にした。 これ一個で13Wである。 使わない部屋は出来るだけブレーカーを落とし、TVや電気を付けっ放しにた子供にはゲームをさせない、PCをさせない罰を下した。 まあPCはワシも使っているがこれくらいは許してくれ。 


 こんな生活でも十分楽しい。 こういう家が一軒でも増えれば原発なんて必要ないはずだ。 そもそも今現在でも原発無くても電気足りるんじゃないかと思ってるけどね。

早朝のメール

朝6時に唐突にメールが来た。 とは言えメールというものは唐突に来るのが当たり前だ。 寝ている所に野口五郎の熱唱「沈黙」が流れた。 日本広しと言えこの曲を着メロにしている人は滅多に居ないだろう。 五郎ファンでさえこの曲をチョイスするかは微妙だ。 「サイレント~映画のよおに~~~~ ひそやかに~ああ恋人よ~ 静かに泣けよ~~~~」と五郎ビブラート満載で熱唱された日にゃあ寝てなんかいられない。 こんな時間にメールをよこしやがってというよりも、何故この曲を着メロにしたか少し後悔したのであった。

 さて問題の早朝にわざわざよこすメールの内容を記載しよう。



 「 はじめまして、いきなりメールすみません。 私はあるサークルを主催しているのですが、セックスが大好きなので大人専用の大人の為のサークルにしました。  セックスはお好きですか? もし興味があれば簡単にサークルについて説明させて下さい。 名前は「ESTA]というサークルです。言い方は悪いのですがヤリサーといったところです。 イベントを開催するために思い切って雑誌に募集をかけたところ爆発的に広まって今では日本全国にメンバーがいます。 今回またメンバーを増やすためにこうやって参加のお誘いをしています。 今の所順調に参加申し込みを頂いているので募集人数が集まったら参加を締め切るので、もし参加を希望される場合はなるべく早めに連絡頂けると嬉しいです。 突然のご連絡大変失礼しました。 」


 こんなメールを6時によこすな!ボケ~! な~にがセックスはお好きですか?じゃ!! (五郎の曲「一人は好きですか」を思い出した) な~にがESTAじゃ! 札幌駅のビルじゃあるまいに。 

いつまで冬なんじゃ

昨日の日曜もうっすら雪が降った。 一体いつまで降るつもりか。 今週の木曜にも雪マークが付いている。金曜には車が納車なのだ。 それには夏タイヤしか付いていないので本当に心配だ。 次男は「氷河期が来るんでないの?」と言った。 長男「氷河期って何度よ?」 次男「う~ん マイナス2,3~40℃!」 ワシ「に、さん、よんじゅうどってなによ!聞いた事ないわ!範囲広すぎ!」 次男「じゃマイナス30度」 ワシ「ピンポイントか!断言すんなよ」 長男「そうだべ」 ワシ「そこら辺にペンギン出てくるぞ」 次男「昔、ペンギンの本に載ってた死んだペンギン可愛いって俺、言ってたよね」 などと他愛もない話をした夜でした。 

小学校の恩師

ワシは小さい時から団体行動が苦手でワガママなクソガキだった。 落ち着きが無く良く問題を起こしていた。 なので学校では問題児扱いだった。 先生も手を焼いていた。 それでも友達は居て普通に遊んではいた。 でもひねくれた性格なので「やるな!」と言われると反抗したくなった。 思い起こせば、蛍光灯を割ったり、美術デッサン模型を壊したり、友人のカンペンケースにコンパスの針で「SEX」と掘ったり(クソアホだろ)ろくな事をしていなかった。 やっと落ち着き始めたのが高校からだった。 自分でも「問題児だなあ」と認識したのは小学3年からだった。 イタズラをしては帰りの会で「トルピー君が掃除をさぼりました」とか「誰々をイジメてました」とか告訴が相次いだ。 その内、ワシは一人班になっていた。 教団の前にピッタリ机を付けたった一人の班になったのだ。 凄く惨めだったが鳥頭のワシはそれも慣れてしまうのだった。

 そんなクソガキを見捨てないで面倒見てくれたのが小学3~4年を担任してくれた篠原先生だった。 ワシは何のとりえも無い中、先生の影響で日記を書くことになった。 そのクラスは何名かが日記を書き、朝、篠原先生の教壇に提出すると先生がそれをみんなの前で読んでくれるのだ。 ワシも何か書いてみたいと思い、思い切って書いてみた。 第一回目の日記のタイトルは「ふうしん」だった。 風疹にかかり学校を休んだ様子を日記にしてみたのだ。 風疹が治り学校に行きその日記を先生に読んで貰った。 何もとりえの無いワシが何かに目標を見出した瞬間だった。 下校時に日記を返してくれるのだが日記の終わりには必ず赤ペンで先生が一言書いてくれるのだ。 それが嬉しかった。


 書く内容が見つからず「今日は何も無い日でした」と書くと「何も無いという事は無いはずだぞ。」とたしなめてくれたり嬉しかった事を書いた日は「良かったな」書いてくれた。 その日以来、2年間、先生の担任が終わるまで毎日休まず書き続けた。 そのことが自信にもなり今、文章を書くのは好きという事にも繋がっている。 


 ある日の日記の終わりに先生がこう書いた。 「先生は最初、トルピーという奴がどうしようもない奴だと思った。 でもだんだん憎めなくなってきた。」 ワシは学校の先生にこう言われたのは篠原先生ただ一人だった。 10人中9人の先生は「どうしようもない奴」と思っただろう。 でも篠原先生だけは違った。 ワシに何かの可能性を見つけてくれた。 そんな先生ももう20年前に死んでしまった。 今、先生に会って話したい事は山ほどある。 先生が居なかったらワシはどうなっていたか。 先生、あの2年間はワシの全てです。

春先の宝物

先日、車で走っていると雪が解けて顔を出した歩道にクタクタになって汚れたエロ本が落ちていた。思わず拾いたくなった。

 いまさら大した内容では無いが春先に顔を出すエロ本のなんという郷愁感たっぷりな事か! できればオブジェとして部屋に飾って置きたいくらいのもんである。 中学の頃、店で買う勇気の無い子供にとって拾ったエロ本はとんでもなく価値のある宝物だった。 泥に汚れ水分を吸ってシワシワになったエロ本を大事に抱え家路に着いた純粋な少年時代を思い出すのだった。 

 
 エロ本自体もそうだがそれを販売する本屋自体が無くなりかけている。 やはり思春期の男がエロ本を買うにはちょっと寂れた哀愁漂うカビ臭さの残る本屋がいい。 店番もエロ本に寛大そうなおばちゃんかちょっとボケかけたオジサンがいい。(ひでえなおい) 

 そうだな買うなら寒くなってきて枯葉が舞う季節にチャリンコに乗って夕方6時半頃に行き客のいない店内で周りをキョロキョロして緊張しながら本を選びこれまたドキドキしながらお店の人に手渡す。胸の鼓動はMAXだ。 思わず「トラ・トラ・トラ」を歌いたくなるくらいに。 

 そして無事、帰宅し寒い部屋で全く部屋が暖まらない電気ストーブにくっついてエロ本を読みあさる。 

 あの時代に戻ってエロ本を読みたい。どこか遠くへ行きたい(関係ねえだろ)

車 なんとか売れた

ビックリ価格、1万5千円だった愛車だが他の買取店にてなんとか5万の値が付き売る事にした。手放すのが4月を超えるので自動車税が来るのだが日割り計算なので5万近い税金が諸経費込みで1万で4万の収入だ。 それでも1万5千円に比べりゃ天国ってもんだ。 今回買い取ってくれた所はなんだかトッポイあんちゃんが来て人の話をカチャカチャとペン回しをしながら話しやがるので気分も悪かったが5万の値が付いたので決めた。 1万5千円のビックリクリクリはこのペン回しあんちゃんの店を「うちのパクリ 車を査定する目は無い」と豪語していたが一万5千円でくす玉を割られるのも嫌なのでまあ良かった。


 長年愛用した車も4月中旬でお別れだ。 車中泊キャンプや子供がサンルーフから顔を出して遊んでいたのもいい思い出だ。 月日の経つのは早いもんだ。 次に来るのは黄色の軽自動車。 子供たちにはかなりの不評。 でもワシが大好きなんだから仕方ない。 軽は税金も車検も安いからちょっと一安心。 ローンが無けりゃ最高だけど・・・・

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